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川口知哉氏が振り返る「ビッグマウスの真相」母校・龍谷大平安のコーチ就任

2022 4/17 06:00柏原誠
龍谷大平安の川口知哉コーチ,ⒸSPAIA(撮影・柏原誠)
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ⒸSPAIA(撮影・柏原誠)

1997年夏の甲子園で準優勝した左腕エース

オリックスでプレーした川口知哉氏(43)が4月から母校の龍谷大平安(京都)のコーチとして正式に指導を始めた。

プロ野球ファンよりも、高校野球ファンになじみが深いのではないか。1997年、川口投手は平安(当時)の左腕エースで3年春夏の甲子園に出場。センバツで8強入りすると、再び登場した夏は快投に次ぐ快投を演じた。

県岐阜商、高知商、浜松工、徳島商、そして準決勝で前橋工を撃破。ここまで5試合で663球を投げていた。最後、智弁和歌山との決勝も157球を投げ抜いた。6失点で夢破れたが全6試合に完投。「夏の主役」にふさわしい投げっぷりだった。

キャラクターも魅力的だった。「次は完全試合を狙います」など型破りなコメントが紙面におどっていた。今、川口氏は大笑いしながら振り返る。

「記者の皆さんがすごく上手に聞いてくるんですよ。『完封しましたね。じゃあ次はどうしますか』って。また完封しますとも言えないじゃないですか。じゃあ、ノーヒットノーラン、完全試合…って。うまく乗せられました(笑い)」

とはいえ、さほど大げさに聞こえないほど圧倒的な投手だったのも確かだ。97年ドラフトでは4球団の競合でオリックス入りする。プロ入り後も記者たちにキャッチーなコメントを提供してきた。世間では「ビッグマウス」の印象が完全に一人歩き。だが実際の川口氏に接すればギャップに気づく。

川口氏の人柄を高く評価し、平安のコーチに呼び寄せた恩師、原田英彦監督(61)は「今も昔も全然変わりません。本当に温和で。怒ったのを見たことない」とほほえむ。

プロでは未勝利のまま7年で引退

そんな大型サウスポーはプロの世界で苦しみを味わう。1年目からフォーム固めに苦労し迷走した。

周囲は何とか大器の花を咲かせようとするが、暗闇は深まるばかり。野球が嫌いになった。2年目に初登板を果たすが、結局7試合だけの出場で白星はないまま、7年間の現役生活を終えた。

その後、女子プロ野球の世界で指導者として活躍。昨秋から母校で指導するようになり、この春から正式にコーチになった。原田監督からは投手の指導は全面的に任されている。

龍谷大平安の野球部員と話す川口知哉コーチ

ⒸSPAIA(撮影・柏原誠)


「原田監督がやりたいことを実現するために、僕は動きます。やり方は多少違うけど、根本は変わりませんから」

まるでサークルの後輩にでも話しかけるように、軽妙に高校生との距離を詰める。ここだけを切り取るとただの「兄貴分」だが、選手たちは川口コーチの言葉に敏感だ。最適なタイミングで、短い言葉で、ポイントを指摘する。それがほとんど当たるから、選手との信頼は高まっていく。

プロでの苦労は「大きな財産」

ブルペンでは、投げる投手をひたすら見る。全投手、現時点での理想の投げ方を互いに共有している。それが崩れていればすかさず指摘。たとえば、肘の位置がおかしければ「肘」と一言だけ。これだけで選手は「はい」と理解し、フォームを修正できる。

「いい時のシルエットを覚えているので、ぼんやりと投げている姿を見ます。違和感があったらすぐに言います。投手は、これさえやっておけば思い通りに投げられる、というものを持っているか、どうか。それだけなんです。自分にとって正しいフォームを何回繰り返せるかが、いい投手とそうでない投手の差。正しいフォームを知っていても、どう直すか分からないと意味がない」

その観察眼も、プロ時代の苦労が下地になっているのだろう。多くのコーチから指導を受け、取捨選択の大事さときっかけ作りの大事さを学んだ。

「コーチの言うことはある意味では全て正解なんです。でも、自分にとっての正解かどうかは分からない。僕もいろいろなことを言われて、なかなかうまくいかなかったけど、コーチにきっかけをもらって、フォームがよくなって、1軍で投げられるようになった。合う、合わないはありますよね。

能力を最大限に引き出せているのか。そこを一番気にしています。あれだけ失敗した僕ですから。それが大きな財産になっています。プロでああいう苦労をしていなかったら絶対に指導者にはなっていません。引き出しをたくさんもらえたので感謝しています」

龍谷大平安はあの夏以来、甲子園の決勝に行けていない。「そろそろ、決勝まで行って、越えてもらわないと。僕らの名前が薄れるくらいにね」。かわいい後輩たちと挑む最初の夏は、もうすぐそこだ。

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