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男子100メートルに異変?世界陸上参加標準記録いまだ突破者ゼロ

2022 5/13 07:00鰐淵恭市
桐生祥秀,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

今夏オレゴン世界陸上で代表ゼロなら11年ぶり

日本の陸上男子100メートルで、ちょっとした「異変」が起きている。5月10日現在、今夏に米オレゴンで開催される世界選手権の参加標準記録(10秒05)を突破した選手がいないのだ。

近年は2016年リオデジャネイロ五輪400メートルリレーの銀メダル獲得や、複数選手の9秒台突入で話題に事欠かなかった男子短距離陣だが、なぜ今、花形種目で「かげり」が起きているのか。

日本陸連のHPに「【オレゴン世界選手権への道】参加資格有資格者一覧」(https://www.jaaf.or.jp/news/article/15543/)というページがある。世界選手権を盛り上げる意図だろうが、一覧に男子100メートルの選手はいない。

参加標準記録は認められた期間内に突破しないといけない。有効期間は2021年6月27日から2022年6月26日。山縣亮太(セイコー)は昨年6月に9秒95の日本記録をマークしたが、日にちは「6日」。有効期間の少し前だった。

世界選手権の最終代表選考会は6月9日に大阪・ヤンマースタジアム長居で開幕する日本選手権。参加標準記録突破者が3位以内になれば自動的に代表に内定する。もちろん、日本選手権までに参加標準記録を突破する選手が出てくる可能性は十分にある。

ただ、日本選手権までに突破者なしとなれば、五輪、世界選手権のいわゆる「世界大会」で見ると、韓国・大邱で世界選手権が行われた2011年以来のこととなる。この時は結局、代表を送ることはできなかった。

「鬼門」となる五輪の翌年

突破者が出ていない理由はいくつかある。

新型コロナウイルスの影響で大会が中止になったり、海外遠征がしにくかったりするのも理由だろうが、最も大きいのは「五輪の翌年である」ことだろう。

一口に日の丸をつけるといっても、五輪、世界選手権は同列ではない。やはり、選手は五輪に重きを置く。これまで、ある程度の成績を残し、選手としての「地位」が万全である選手であればなおさらだ。自身の強化、ピーキングのサイクルを五輪のある4年で考える選手も多い。

日本記録保持者の山縣がまさにこの理由に当てはまる。

山縣は今季レースに出場していない。昨年10月に右ひざの手術をしたからだ。長年、痛みを抱えてきたところだった。

「2、3年後を目標に中長期的なプランで練習に励んでいきたい。大きく飛躍するために踏み切った手術。さらに強くなって帰ってくる」と山縣。今年30歳になり、中堅からベテランになっていく年齢と言える。それだけに、あえて世界選手権を「パス」する選択肢もあり得るのだ。

ケガを回避するために無理をしないという選手も多い。

例えば、日本選手初の9秒台を出した桐生祥秀(日本生命)は4月の出雲陸上で10秒18をマークしたが、足に違和感を覚え、その後の織田記念、ゴールデングランプリを欠場している。

東京五輪代表の多田修平(住友電工)も左太もも裏の違和感でゴールデングランプリを欠場した。五輪イヤーなら、もう少し無理をしてでも日本選手権までに参加標準記録突破を狙いにくるかもしれないが、実績のある選手にとって今年はそこまで無理をする必要がない年とも言える。

新星も現れず、期待の若手も伸びず

五輪の後は新しい力が芽生えることが多い。ロンドン五輪翌年は桐生、リオデジャネイロ五輪翌年は多田が新生のごとく現れた。そういった選手の出現がほかの選手を刺激し、競技全体のレベルアップにつながる。

また、先述のように実績のある選手が「一休み」することが多い五輪翌年は若手のチャンスでもあるのだが、今年はそういった選手が今のところ見当たらない。昨年ブレークし、東京五輪の400メートルリレー代表になったデーデー・ブルーノ(セイコー)もゴールデングランプリでは10秒45で予選落ちと伸びていない。若手の台頭がない点は気がかりだ。

ランキング枠で桐生祥秀が出場か

なお、世界選手権男子100メートルの出場枠は全体で48人。1カ国の出場枠は原則3人までとなっている(前回大会金メダリストなどは別)。かつては参加標準記録のレベルが今より低く、突破者のみが出場できたが、現在は参加標準記録のレベルを上げている。

そのため、突破者だけでは出場枠が埋まらない可能性があり、その場合には各大会の結果をポイント化したランキングの上位選手に出場権が与えられることになっている。

5月10日時点のランキング枠では桐生が6番目につけている。参加標準記録突破者の枠はすでに「25」が埋まっているから、桐生は全体の31番目。全体枠が48人なので、このままでいけば桐生は出場枠獲得が濃厚。ケガによる辞退などなければ、代表ゼロという事態は避けられそうだが、桐生以外でランキング上位の日本選手がいないのが心配だ。

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