「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

引退の福士加代子、塗り替えた陸上のイメージと塗り替えられなかった日本記録

2022 2/2 11:00鰐淵恭市
福士加代子,ⒸSPAIA
このエントリーをはてなブックマークに追加

ⒸSPAIA

ユーモラスな発言で楽しさアピール

日本女子陸上界で唯一の五輪4大会連続出場を果たした福士加代子(ワコール)が、1月30日の大阪ハーフマラソンを最後に引退した。かつては「みちのくの爆走娘」と呼ばれ、その明るいキャラクターが愛された39才。福士の「功」と「罪」を振り返る。

福士の記録的な功績は語り尽くされているので、それ以外のところにスポットを当てようと思う。引退セレモニーで福士は笑顔でこう語った。

「走るのは楽しかったもん。今日は走れなくなったので終わりにします」

この発言にも代表されるように、福士の功績は陸上女子長距離を「明るいもの」にしてくれたところだろう。陸上長距離で戦うには体重管理や厳しい練習があり、ストイックな面が強調される。実際、かつては選手の発言も控えめなものが目立ったが、福士は違った。

「がはは」と口を大きく開けながらトレードマークの笑顔で豪快に発言し、周囲の笑いを誘っていく。彼女が愛された要因の一つだろう。福士にはいくつかの名言がある。

2002年釜山アジア大会の5000メートル。日本記録をわずか100分の2秒更新して銀メダルを獲得した時のインタビューではこう語った。

「(記録更新は)大きいですよ。乳首3つ分くらいですかね」

今でも、ここまで発言する選手はいないかもしれないが、彼女の「異質さ」が際だった発言だった。

初マラソンとなった2008年大阪国際女子マラソンでは30キロ過ぎで失速して何度も転倒し、よろめきながらゴールした。そんな自らを「生まれたての子鹿みたいになっちまいました」と表現。マラソンで北京五輪代表を狙っていたが、それに失敗。でも、悔しさを吹き飛ばすような明るい言葉が印象的だった。

今回の引退レースも、終盤は途中で立ち止まるシーンが見られた。やはり、初マラソンのことが頭に浮かんだようで「一番最初のきつかったレースを思い出した」と話していた。

マラソンの日本記録更新はならず

福士の走りは美しかった。腰高で力みのないフォーム。左右のバランスもいい。ここまできれいなフォームで走れる選手もなかなかいない。ある意味、天性のものなのだろう。

数々の栄光に彩られた福士の競技人生だが、取材してきたものとしては残念でならないことがある。マラソンの日本記録を更新できなかった点だ。

5000メートルとハーフマラソンの日本記録(当時)をマークし、1万メートルも日本歴代2位の時期が長かった。抜群のスピードを持つだけに、高橋尚子、野口みずきという五輪金メダリストの後継者になるのは福士だとみられていた。むしろ、後継者にならなければならなかったとも言える。

そして、陸上関係者の多くが、野口の持つ日本記録(2時間19分12秒)を更新するのは福士だとも言っていた。中には2時間17分台が出せる素材と言っている指導者もいた。次の表は、高橋、野口と福士の記録の比較である。

福士加代子、高橋尚子、野口みずきの比較


トラック種目の記録がそのままマラソンに直結するとは限らないし、高橋と野口は福士よりトラックの期間が短く、トラックの記録が力通りでなかった可能性もある。とはいえである。この3人のハーフまでのタイムを見たとき、福士にいろんな可能性を期待するのは必然だったと言える。

初マラソンでは、明らかな走り込み不足から後半に大失速した。その後もしばらくは失速するレースが続いた。2013年の世界選手権では銅メダルに輝き、自己ベストの2時間22分17秒は日本歴代10位。素晴らしい成績だが、福士ならもっとできたはず、とは思ってしまう。

不真面目にも聞こえる発言も多かったが、練習では真面目そのものだったと多くの選手が語る。それでも、マラソンでは準備不足が目立ったのも事実。42.195キロを走るのに必要な持久力を養うための心の面でのスタミナが福士には少し足りなかったのかもしれない。

引退する選手に厳しい言葉となったかもしれないが、期待が大きかったことの裏返しでもある。彼女が残した功績の偉大さは変わらない。今後はランニング教室などにも参加していくという。あの美しいフォームを持った選手を、ぜひとも世に送り出してほしい。

【関連記事】
マラソン6戦4勝の松田瑞生、勝ち切る強さは高橋、野口に引けとらず
15年間破られていない女子マラソン日本最高記録の変遷
マラソンの賞金事情、東京は優勝で1100万円、川内優輝は収入増?